歴史遺産学科の新学科長に就任した青野准教授は、骨考古学が専門。これまで伊達市噴火湾文化研究所の学芸員や、洞爺湖有珠山ジオパーク推進協議会の学識顧問を歴任しました。伊達市在職中には「北海道?北東北の縄文遺跡群」の世界遺産登録推進にも関わり、近年は北海道有珠モシリ遺跡の発掘調査を行うなど、第一線で活躍されています。そんな青野新学科長に、歴史を学ぶ意義やその魅力についてインタビュー。高校と大学での歴史の学びの違いについても教えていただきました。
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過去を正しく知ることが、現代を豊かに生きるヒントに
――はじめに青野先生の主な研究内容について教えてください
青野:私は考古学が専門で、その中でも日本の縄文時代や狩猟採集社会の研究をしています。特にお墓や貝塚の研究ですね。例えば貝塚って単なるゴミ捨て場だと思われがちですが、実は先日世界遺産になった北海道伊達市の「北黄金貝塚」からはお墓も出てきています。それからお祭りの道具であるクジラの骨で作られた刀が一緒に出ているなどのいろんな類例の出土状況を丁寧に観察していくと、縄文人は貝塚に“捨てている”のではなく“感謝”を込めて置いていることがわかります。死んだ貝や動物や人間を葬る“神聖な場所”が貝塚だったんですね。6千年前ってうんと昔ですけど、当時の人々の考え方や社会がどういったものだったのかを復元することができます。
現代のお墓につながる話をすると、最近は先祖とは別に一人だけでお墓に入るという考え方もアリですよね。ただそういう時に、先祖代々の墓に入らなければならないという社会全体としてのイメージがあって、そこから逸脱した自分ってどうなんだろう?って不安に思う人もいるわけです。でもこの日本列島の約3万年の歴史を見ると、二人以上が同じお墓に入る合葬墓というのはとても稀で、仏教や火葬の普及、イエ制度との関わりから先祖代々の墓が一般化したのは明治以降のこと。長い歴史からするとつい最近のことなんです。それまでは一人で土の中に埋められるというのが普通でしたし、世界を見ても日本のように火葬して合葬するというのは特異な例。なので、そういったことを知っていると今悩んでいる人もちょっとは気持ちが軽くなるかもしれません。そんなふうに過去を知って、現代の生き方を考える。そこから将来の流れが分かれば、今の自分の行動に自信が持てるのではないかなと思います。
――青野先生はどんなことがきっかけで考古学に興味を持たれたのですか?
青野:僕は戦国時代の武将とか伝記物が好きな子どもでした。高校1年になった頃、図書室で『「登呂」の記録』という登呂遺跡(静岡県)の本と、『「岩宿」の発見』という岩宿遺跡(群馬県)の本を読んで、そこで、古い時代のことを掘っていくと偉い人たちの歴史だけではなく庶民の歴史が分かることに気が付きました。中学や高校で勉強している教科書というのは長い歴史の一部分でしかなく、しかも政治や経済といった特定の部分だけが載っていて、一般庶民の歴史については書かれていない。それが遺跡を掘るとどんどん新しいことが分かってくるところに非常に興味を覚えました。
――教科書に載っているものだけが「歴史」ではないと、高校生の時点で気付いたということですね
青野:教科書にはトピックス的な日本の歴史がひと通り書かれています。それを間違っているとは言いませんが、勝者の歴史でしかないんですね。書かれたものが本当に正しいかどうか複数の史料を比較してチェックすることを私たちは「史料批判」と言いますが、この歴史の教科書の文章を書いた人は誰なのか、どの立場なのか、もっと言うとこの教科書を作り、文科省の検定を通そうと思っている会社はどのような主張をしているのか―。学生たちにはそういう穿った見方、裏側までしっかり見て把握する、そんな歴史の見方をしなさいと話しています。教科書には書かれていない北海道や沖縄、東北の歴史、庶民の歴史。そういったところを自分で調べて発見し、新たな歴史を表していけるというのが歴史学の醍醐味ではないかなと。それから学生にはもう一つ、分かりやすいということに騙されるな、とも話しています。「分かりやすい」の裏には切り捨てられたものがたくさんあって、正しく伝わっているかどうかとはまた別の問題なんですね。正しく伝えようとすると、どうしても文章が長くなったり回りくどくなってしまう。でも実はそれが大事だったりしますから、明快さは意識しつつ誤解のないよう正しく伝える努力をしていこう、と言っています。
――そんな教科書を使った高校までの歴史の学びと、大学での歴史の学びにはどのような違いがあるのでしょう?
青野:基本的には「勉強」と「研究」の違いでしょうね。当然、大学に入っても勉強は必要なんですよ。知識も必要ですし、トピックス的な歴史も知っておかなければならないですし、世界のいろいろな情報も知っている方が良いですから。それに対し、研究というのはその知識を使って新たなものを発見していくという作業なので、そこにまず高校と大学との違いがあります。また、高校までの歴史の授業とは異なり、大学は自分で好きなテーマを選ぶことができる。これまで人が目を向けなかった分野に光を当てるといった主体的な学びができるようになるのが、大学の歴史学なんですね。
――その「勉強」から「研究」へ切り替わるところで、ギャップを感じてしまう学生もいるのでは?
青野:僕はむしろギャップを感じてほしいと思っています。「歴史が好き」から「歴史を研究する面白さ」に気付けるのが1年生なんですね。そこで単なる歴史好きから脱却しないといけない。やっぱり研究って大変な面もあります。でも、苦労して卒論を書くという流れの中から得られるものってすごく多いんです。「観察して記録する」とか複数のものを「比較する」といった方法論を学ぶことにもなりますし、そこでの閃きや自分を客観的に見る力というのが、将来役に立ってくるわけです。ですから、最初に「今まで甘かったんだな」って気付くことはとても大切だと思っています。
就職に直結する、地域をフィールドにしたリアルな学び
――歴史遺産学科の学びの特徴について教えてください
青野:考古学、歴史学、民俗?人類学、それから建築史学も含めたこれらの学問を、1年生のうちにある程度学べる大学というのはまずないですね。そこから自分の専門となるものを絞って軸足とするわけですが、それにプラスして他の学問の方法論も知っているというのは強みだと思います。他の大学だと大体2年生で専門に分かれて、あとはその学問しかしなくなる分、他の先生たちとの付き合いもなくなってしまう。でも芸工大では2年生になっても他の分野の応用演習を取るので、それぞれの先生とも付き合いが続くんです。もし考古学と民俗学を合わせたハイブリッドな卒業論文を書きたいという学生がいれば、「じゃあ○○先生のところに行って聞いてみたら?」というやりとりができるわけです。
それから「歴史を活かしたまちづくり」に力を入れており、フィールドワークが主なので、実際に地域の中で学ぶ機会も多くあります。1年生のうちから山形市内や会津若松のまちを歩いて、山形と福島ではどういった違いがあるのか学んだり、僕の場合は、夏休みに1?2年生の希望者を酒田市や北海道の発掘現場に連れて行って、実際に縄文時代や弥生時代の遺跡を発掘する機会を作ったり。そういう本物に触れる学びを低学年からできるというのも大きな魅力かもしれません。そしてそこにはもう一つ目的があって、やっぱり地域に貢献したいんですよね。僕は最初に発掘させてもらう時、その土地の郷土史研究会や近隣住民、教育委員会の方々に挨拶しに行くんですけど、学生にはそういう地域のことをよく知っている人たちとの交流の中から、直接学んでほしいと考えています。それはお互いにとって良いことです。もしかしたら僕らの発掘がきっかけで地域の人たちが地元の魅力に気が付いて、これまでとは違う歴史観が生まれたり、地域おこしイベントや商品開発などを企画することにつながるかもしれない。単に学生たちが技術を身に付けるためだけに掘るのではなく、地域のために掘るということを大事にしていきたいんです。地域についてしっかり学び、それを地域に還す。それが芸工大の持つ姿勢でもありますから。
――そこで得た力というのは就職先でも大きく生かされそうですね
青野:歴史の学びを活かした職業というのはたくさんあって、分かりやすいのは文化財の専門職員や博物館の学芸員、教員などですが、他にも民間で文化財のコンサルタント業務を行う会社もあります。例えば、国指定の史跡を活用して一般の人たちへ公開する時、展示方法や整備方法を提案するような仕事ですね。また、遺跡のある土地での道路工事やマンションを建てる際は事前に発掘調査をする必要がありますが、地方自治体だけでなく、発掘調査を行う民間会社はたくさんあります。 それから今後より力を入れていきたいと考えているのが、観光協会や市役所などにあるまちづくり関係の部署への就職です。文化財には指定されていないけれど、今ある建物や街並み、自然の散策路などに価値を見出して、売り出し方をちゃんと考えていける。そんな人材を送り出せたら社会に役立てますし、地域の活性化にも結び付けることができると思うんですね。普段からフィールドワークでコミュニケーション能力を培っているうちの学生はそういうのが得意ですから、学びを直接活かせる仕事だと思っています。
――ちなみに歴史遺産学科の学生たちは、普段どんな研究に取り組んでいるのでしょう?
青野:例えば3年生のうちに論文を二つ書いた学生がいます。山形城を発掘している時に出てきた木の種類を調べる樹種同定や、山形城の周りに植えられている木の植生調査をして書いた論文が一本。それから出身地の九州の古墳に関心があるということで石室の研究をして書いた論文が一本あって、現在は東北地方の古墳をテーマに卒論を書いています。
それから小国町にある縄文時代の石棒を祀った、今も信仰の対象となっている祠(ほこら)について研究している4年生がいます。それがいつのものなのかを形態から調べていく考古学的な調査と、その石棒がどんなお祭りで使われているのかなどを調べる民俗学的な調査ですね。地域の人たちに聞き取りを行うことでいろいろと分かってきているんですが、その報告を聞くのがとても楽しくて。まさに考古学と民俗学のハイブリッドな研究ですよね。しかもそれが今も風習として残っているのが山形ならでは、という感じがして面白いなと思っています。
――先生ご自身も考古学に民俗学的な知見を取り入れることは?
青野:僕は出身地である北海道に長く住んでいたので、身近にアイヌの人たちがいました。アイヌの風習と縄文の風習というのは当然イコールでは結びつけられないので、慎重に考えつつ研究しています。他の学問を取り入れるというのは難しいので、学生たちは「作法をしっかり学んでからやるべき」という教えを受けるんですけど、そうすると委縮して手を出せなくなってしまうんですね。でもやっぱりハイブリッドなやり方には魅力があるし、新たな発見もあることを示してあげると自由に研究できるようになる。僕はその方が良いと思っていますね。
学問って皆細分化されていて、狭いところでしか語らない傾向があるんですけど、本来の目的は違うはずで、もっと広くて大きい問いだと思うんです。「人間とは何か?」とか「芸術っていつ、なぜ、どうやって生まれたのか?」とか。
歴史というのは過去の人たちが作ってきたものや書き残してきたもので明らかにしていくんですけど、その心に触れるには非常に時間と労力がかかります。だからこそ凝り固まった歴史学の考え方だけではなく、発想豊かな芸術家の考え方を学んたり、学内の展示を見て作品の意図を考えてみたりできるというのは、非常に恵まれた環境だなと。そこから、この歴史遺産学科が芸術大学の中にある意味というのも見えてくるのではないでしょうか。
――歴史を学び、研究することの最大の魅力を教えてください
青野:今まで誰も知らなかったことを、自分の力で明らかにできるところですね。これまで当たり前に考えられてきたことが、新しい発見によって実は違ったと分かることもよくありますし、社会の環境が変わることで考え方が変わることもある。我々人間は周りの環境に支配されているところがあって、「当たり前」と思われていることを疑わずにいることが多いのです。ですから、新しい発想ってなかなか出てこない。でも、歴史研究では、自分で物事を観察して、他と比較していくうちに、これまでの定説とは異なる結果が見えてくることがあります。その結果が正しいのかどうか、自分で自分を徹底的に疑っていくと、これ以上疑いようがない事実にたどり着く。その時に現代社会が持っている「常識」から離れて考えることができるんです。そういう新しい“ものの見方”に気付き、現代、そして自分を客観視できるところも、歴史を学ぶ意義であり、楽しみだと思っています。
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――それでは最後に、歴史遺産学科を目指す受験生へメッセージをお願いします
青野:大学には、高校までの「歴史が好き」とはより違った視点から見て、研究し、発見できる喜びがあります。それをぜひ四年間楽しんでほしいですね。それから歴史というのは、ただ知って自己満足で終わるものではなく、社会に役立つことなんですね。新しい事実が分かると知識が増えていくのはもちろん、現代に生きている人たちの考え方や意識を変えるきっかけにもなる。自分の研究が現代に役立つことを知っていると、「歴史が好き」のその先にあるやり甲斐を感じられます。そういう喜びをぜひこの大学で味わってください。
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「現代の課題を解決する上で、一つの材料として過去の人たちの考え方や歴史を知っているというのはとても大事なこと」と青野学科長は言います。何百年も何千年も時代を遡る学問でありながら、過去を通して現代を見つめることで、実は一番新しい“ものの見方”に出会えるという話に、驚きと高揚感を隠せませんでした。第一線で活躍する指導陣と共に地域で学ぶことで得られる、物事や現在地、さらには自分自身をも客観的に見られる能力。それはどんな分野?企業へ就職したとしても生かされる確かな力となるでしょう。
(取材:渡辺志織、撮影:入試課?須貝)
東北芸術工科大学 広報担当
TEL:023-627-2246(内線 2246)
E-mail:public@aga.tuad.ac.jp
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