[優秀賞]
山口紗奈|修理報告書から見る掛軸装作品の修理方針ー表具の修理とは―
宮城県出身
杉山恵助ゼミ
「表具」とは、本紙(書画)を掛軸装や巻子装といった鑑賞形態に仕立てるために取り付けた裂のことを指し、作品全体の美的印象に大きな影響を与える。日本の絵画および書跡は紙や絹を主体とした損傷を受けやすい物質で構成されており、繰り返しの修理によって伝承を可能としてきたことから、掛軸装においては本紙に付随する表具そのものを交換する修理が珍しくない。表具は本紙を保護すること、本紙を美しく装飾することを役割としているため、それらの役割を果たすことができないと判断された場合など、様々な要因により表具替えが修理方針として選択される。掛軸装における表具替えは、表具を替えながら本紙を残す“慣習”という形で現在まで継承されており、掛軸装は時代とともに姿を変えながら伝えられてきたと言える。
修理に際して鑑賞上大きな変化を遂げることが多い掛軸装にとって、作品の修理前の状態や実施された施工内容を記録した修理報告書の存在は、表具の変遷をはじめとする作品の歴史を可視化する学術的資料として必要不可欠である。よって、本研究では、記録として明示されていることの少ない表具の修理方針に関して修理報告書から読み解くことを目的として、修理報告書に記載された掛軸装の修理事例を分類および計数することで、現在までに選択されてきた修理方針の該当数を数値化し、表具の修理の傾向について調査を行った。
東京国立博物館、京都国立博物館、奈良国立博物館、九州国立博物館、東京文化財研究所、文化庁が滚球体育2年度までに刊行している計75冊の修理報告書に記載された掛軸装902件、1422幅を調査対象として表具の修理方針の分類および計数を行った。その結果、掛軸装形式の変更に該当する作品の傾向や、修理年度を条件とする表具裂再使用作品の該当数の変遷を検証することができた。また、修理方針の調査に伴い、修理報告書の理想的な記載仕様について考察を試みた結果、修理方針を決定するに至った経緯の読めない作品事例が多く該当したことから、施工内容等の基本情報以外の記載内容として、施工担当者の修理意図の記載が求められると考えた。
杉山恵助 准教授 評
古い書画を鑑賞すると、図録で見る印象と大きく違う場合があります。その理由は作品の周辺を取り囲む装飾部分、表具の影響かもしれません。この表具は百年ごとの修理の際には取り換えるという伝統的慣習があります。しかし、近年表具を再利用することが多くなっているという話しが修理現場から聞こえてきました。
山口さんは本研究で、合計75冊の出版物から掛軸に仕立てられた作品の修理報告書902件(1422幅)の修理方針を分類比較しました。その結果、近年徐々に表具の再利用が増えていることを示すことができました。他にも修理時における掛軸形式の変更の傾向など、これまで感覚でしかわからなかった日本の書画の修理方針の傾向を数値で表してくれました。この情報は修理現場にとって貴重な情報であるのみならず、今後の修復業界の発展にも寄与する成果と言えます。この研究を通して培った力を今後のさらなる活躍に生かして下さることを願っています。