銅板油彩画の着色前処理における材料と技法の研究
方欣同(芸術文化専攻 保存修復研究領域)
中国北京出身
保存科学ゼミ
本研究の研究対象である銅板油彩画とは、支持体を銅板として描かれた油彩画であり、ヨーロッパ絵画界で一時期流行した絵画技法である。16世紀中頃から、銅板油彩画が頻繁に制作された。木板とキャンバスに対して、銅板は“表面が滑らか”で、“耐久性が高く”、“好きな形状に裁断できる”という特徴を持つ支持体であり、細やかな筆遣いを可能とすることから、細密描写を魅力とする小型絵画の領域でしばしば用いられた。多少の雨風や浸水にも耐えうると考えられるため、宣教師が携えて布教活動にも利用した。現在残っている銅板油彩画作品の制作年代は、16世紀末期から18世紀中期の200年間に集中しており、非ヨーロッパ地区である日本国内にも数点宗教銅板油彩画が残されている。また、銅板油彩画に関わる技法や展色剤の研究事例は少なく、使われた材料と前処理技法には不明な点が多い。
本研究では、先行研究を踏まえて、1649年から1846年までの7ヶ国で記録が残っていた、19種類の銅板着色前処理技法に基づき、銅板油彩画の前処理技法レシピの復元実験を行い、当時の技法を再現したいと考えた。現存する銅板油彩画技法レジピの真実性を検証すると共に、当時の前処理技法の再現が可能かどうか、素材の違いがどのような役割を果たしたのかも検討する。また、100年ぐらいしか存在しなかった銅板油彩画は、一般的な油彩画の技法と何が違うのか、なぜ最終的に絵画の舞台から姿を消したのかを、技法の方面から科学的な考察を目的とする。
金属板の特徴は、木板やキャンバスと比較して丈夫で薄く、安定性もよく、折れや反りが起こりにくいことである。しかし絵具層の定着については、木板やキャンバスのような有機質の支持体とは異なり、繊維状や多孔質の表面構造を持っていないため、絵具の食い付きが悪く、剥離する危険性が高い。今回の各技法レシピでは、それぞれ異なっているが、主な前処理方針は全体的に同じで、銅板の表面に細かな隙間を作り出し、その中に下地材などが浸みることで、接着力を上げる工夫を凝らしていた。銅板油彩画の展色剤や前処理技法を明らかにしなければ、劣化が進んでいる作品に適切な修復を行うことができない、絵画の描画やその後の保存も不利になる。本研究で得られた結果が、現存する銅板油彩画作品の修復の一助となり、適切な修復と保存が可能になることを望む。