文化財保存修復学科Department of Conservation for Cultural Property

ゴム材質物の亀裂修復処置に使用する接着剤の検討
小川真穂
保存科学ゼミ

 本研究の目的はゴム材質物の亀裂に対し有効な接着剤を検討し、将来的にゴム材質文化財の保存修復処置の一助になることである。古い人力車のタイヤや、ゴム素材を用いたアート作品など、文化財としてのゴム材質物の事例は今後増えていくことが考えられる。しかし、ゴムは紫外線等と反応すると表面に亀裂が発生することがある。こうした亀裂は、ゴム材質文化財を脆くする要因となり、また、文化財の見栄えを悪くする可能性もある。ゴム材質物のこうした劣化に対する修復の研究は活発ではない。よって、本研究ではゴム材質物に有効と考えられる接着剤を複数選定し、亀裂に対し接着実験を行うことで、ゴム材質物の亀裂修復に有効な接着剤を検討した。
 本研究では、亀裂が発生しつつも柔軟性を維持しているゴムタイヤの修復を想定し、亀裂の入った自転車用ゴムタイヤを切り、サンプルとした。サンプルに濃度を調整、または調整無しの接着剤を塗布し、接着実験を行った。接着剤は乾燥後に除去し、可逆性を検証した。接着剤はタイヤに使われるゴムに無害であり、文化財修復分野において実績のあるものを選定し、正麩糊、牛皮和膠1、魚膠、メチルセルロース # 1500、クルーセルG、パラロイドB-72、プレキシトールB500を使用した。溶解や除去にはゴムタイヤに無害な溶剤である水やエタノールを用いた。
 使用した接着剤の全てが亀裂を閉じて接着し、そのほとんどが溶剤で除去できた。しかし、プレキシトールB500は高濃度のものは乾燥後に完全な除去が難しい(画像1)ことが分かった。また、パラロイドB-72(画像2)は溶剤として使用したエタノールでは完全な溶解が困難であった。パラロイドB-72と高濃度プレキシトールB500以外の接着剤は接着力、可逆性、柔軟性に優れることから、ゴムの亀裂修復に利用できる接着剤であると考えられる。しかし、塗膜の艶や溶液の発泡性の有無など、接着剤それぞれにメリットとデメリットがある。
 ゴム材質物の亀裂修復に有効な接着剤を検討するため、ゴムの物性に適した接着剤を選定し、実際にゴム材質物を接着する実験を行った。パラロイドB-72の溶解に課題が残ったが、ほとんどの接着剤が良好な結果を示し、その特徴から接着剤のメリット?デメリットが分かった。今後は分析機器や各試験による客観的な接着剤の評価や、接着剤の劣化挙動とその原因?対策等の研究が必要である。これらを課題とし、よりゴム材質物の修復の研究が進むことを望む。

画像1 100%プレキシトールB500液塗布サンプル

画像2 10%パラロイドB-72エタノール溶液